ことらぼが何を目指し、何を大切にしているかをお伝えします。
ことらぼが目指しているもの
ことらぼが目指しているのは、たった一つのことです。
検索エコシステムが、もっと豊かで、誠実なものになること。
検索を取り巻く環境は年々変化し、「どこで売っているか」「作り方は」「行き方は」——そうしてすぐに答えが出せる検索は、AIに置き換わりました。
ただ、ここで見落としてはいけないのは、その答えがどこから来たかということ。AIが答えを出せているのは、過去の私たちが、その情報を書いてきたからです。AIは、何もないところから答えを作っているわけではありません。
だとすれば、これから先の答えを作るのも、私たちです。AIに書かせるだけでは、圧倒的に足りません。AIが語れるのは、あくまで過去に語られたことだけだからです。今この瞬間を、誰かが人間として書き残さなければ、この先の検索エコシステムは守っていけないのです。
それに伴って、検索エンジンも、人間も、これまで以上に「本当に有用かどうか」を厳しく見るようになりました。
従来のSEOが通用しなくなってきている理由はここです。AIで書かれた文章には、AI自身にしか見分けられない特徴(電子透かしのようなもの)が残ります。既存の情報と照らし合わせて似たような内容であれば、それは新しく学習する価値がある情報とはみなされません。人間の言葉ではないからです。そして、ユーザーが本当に求めているのが人間の言葉であることを、AI自身も知っているからです。
気づけば、AIをどれだけ使ったとしても、人間の言葉として残せなければ、誰にも読まれず、誰にも見つけてもらえない時代に、もう入っています。
だからこそ、誠実に書く人が、正しく見つけられ、正しく届く仕組みが必要だと思っています。
ことらぼは、AIを通して人間が人間を探す時代に、誰もが楽しく自分らしく書いていける土台をつくる場所です。
ここで生まれる言葉は、未来の人間社会に貢献するコンテンツになる。それがやがて成果になり、収益にもつながっていきます。
誠実に積み重ねられたコンテンツは、AIには生み出せないものとして、検索エコシステムの中で正しく評価されていく。それは書き手自身のモチベーションになり、また次の誠実な言葉を生む、良い循環をつくっていきます。
その積み重ねが、検索という場所そのものを、少しずつ変えていくと信じています。
譲らない、二つのこと
ことらぼを運営するうえで、譲らないと決めていることが二つあります。
一つは、書く人を消費させないこと。
書くという営みには、思考と技術が宿ります。それなのに、「AIでもできる」という理由で、価値が軽く見られてしまう場面が増えている。これは紛れもない事実です。同じ言葉を扱う仕事でも、高く評価されるものとそうでないものがある。そんな現状に、私自身、納得できずにいます。
書く人が正しく評価され、消耗せずに書き続けられること。自分の言葉で好きなように、楽しく書き続けられる書き手を育て、守ります。
もう一つは、読者を守ること。
書き手不在のまま量産されたコンテンツが、読者の判断や、時には安全そのものを脅かすことがあります。それは、過去に何度も起きたことであり、AIによる量産が進む今、再び起こりうることでもあります。
読者が、誰の言葉かも分からないものに囲まれて、判断を誤ることがないように。安心して情報取得ができるように。そして、豊かな答えを選べるように。読者の自由を守ります。
この二つは、向いている先が違うだけで、根っこは同じです。
「書く」という行為を、軽く扱わせない。
ことらぼのすべての判断の土台は、この二軸でできています。
なぜ今、著者性が必要なのか
では、この二つを守るために、ことらぼは何をしているのか。
その答えの一つが、「著者性」という考え方です。
文章の質だけなら、AIが軽々と人間を超えていく時代になりました。だからこそ、これから問われるのは「何が書かれているか」ではなく、「誰が、なぜ、それを書いたか」。そこに人間がいるかどうかが、これまで以上に大きな意味を持つようになっています。
著者性とは、肩書きや実績のことではありません。誰に届けたいかを一文で言えるくらい専門を絞り、同じ姿勢を複数の場所で語り続け、自分にしか語れないことを隠さず見せていく——その積み重ねのことです。
この考え方について、もっと詳しく知りたい方は、こちらの記事をご覧ください。
→著者性を高める|AI時代に選ばれる「著者SEO」という考え方
ことらぼは、この著者性を、実際にどう育てていくかを一緒に考え、実践していく場所です。
著者性を育てる三つの層
ことらぼでは、この著者性を育てるために、三つの層を大切にしています。
基礎(体になじませるもの)
- 正しい日本語で書けているか。
- 法律やルールを理解しているか。
この土台がないと、どんなに良い専門性があっても、届く前に止まってしまいます。「日本語は毎日使っているから大丈夫」——そう思うのは自然なことですが、他人の文章の違和感には気づけても、自分の間違いにはなかなか気づけません。
しかも、薬機法や景品表示法を知らずに書いた記事は、公開する権利そのものを失うことがあります。基礎を体になじませることは、読者のためであると同時に、自分の言葉に責任を持つための、最初の一歩です。
届け方(ユーザーファースト)
基礎が土台にあって、初めてたどり着ける問いがあります。どう書くか、ではなく、誰に、何を、どう届けるか。これは一度身につけたら終わりではなく、一生悩み続けるべき問題だと思っています。
変換脳
口語を文語に。体験を情報に。頭の中にあるものを、読まれる言葉へ変換する力。
そしてもう一つ、書きながら、読者になること。
自分が書いた一文を、書いた瞬間に読者として読み直せるか。この思考力がないと、どんなに気持ちを込めて書いても、届かないまま流れていきます。
この三層が揃って初めて、著者性は育ちます。そして、ことらぼが育てたいのは、読者を動かす書き手ではなく、読者が動きたくなる書き手です。
ことらぼで実践できること
この考え方を、実際の形にする方法はいくつかあります。
- 書いたものを誰かに見てもらい、著者性を育てる土台を整えたい方には、記事の添削。
- ことばの設計とライティングの基礎から、じっくり学びたい方には、講座。
- 発信の役割分担そのものを見直したい方には、メディアプランニングの相談。
そして、noteでは、著者SEOという考え方や、Webライティングの基礎を、日々発信しています。
どこから始めても、そのときのあなたに合わせて、一緒に探すところから始めていきましょう。
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