書くことに悩んだとき、多くの人は「基本」を探しに行きます。
タイトルの付け方、見出しの構成、キーワードの選び方。それが「読まれるための条件」だと信じて。
でも、本当はその前に一段階あります。
- 正しい日本語で書けているか。
- 法律やルールを理解しているか。
この基礎が土台にないと、タイトルも見出しも、機能しません。届く前に、止まってしまいます。
「日本語は毎日使っているから大丈夫」——そう思うのは、自然なこと。
ただ、他人の文章の違和感には気づけるのに、自分の間違いにはなかなか気づけない。気づく力は、意識しないと育ちにくいものだからです。
では、何を意識すればいいのか。
それは正直、たくさんの案件をこなして、現場を見ないと見えてこない部分があります。しかも、正解は人によって違う。誰かに説明されて、スッと身につくものでもない。
ただ、考え方のヒントとポイントはあります。
そこを一緒に探すのが、ことらぼです。
基礎は、体になじませるもの
ここで、ひとつはっきりさせておきたいことがあります。
基礎は、「知っていればいい」ものではありません。
意識しなくても使えるくらい、体になじませるものです。
なぜそこまでするのか。
ひっちゃかめっちゃかな文章は、誰も読みません。
冗長な表現、指示語の多用——国語が得意でも、Webライティングに応用すると足りない部分が出てくる。
そしてもっと深刻なのは、薬機法や景表法を知らずに書いた記事は、公開する権利そのものを失うことがあるということです。
テクニックをどれだけ磨いても、読まれない。次に進んでもらえない。その原因が実は基礎にある、ということは少なくありません。
基礎が体になじんで初めて、悩む場所が変わります。
どう書くか、ではなく。誰に、何を、どう届けるか。
言葉を使って誰かを動かそうとする以上、「書く者」としての責任があります。
それは読者のため。そして、自分自身を守るために。
炎上、アカウント停止、プラットフォームからの除名──これらは、悪意がなくても起きます。「知らなかった」では守られない場面が、Webには確実に存在します。
基礎を体になじませることは、自分の言葉に責任を持つための、最初の一歩です。
変換脳とは何か
ことらぼが大切にしているのは、「変換脳」という思考の癖です。
口語を文語に。体験を情報に。頭の中にあるものを、読まれる言葉へ変換する力。
でも、変換脳にはもう一つ、大切な側面があります。
書きながら、読者になること。
- 自分が書いた一文を、書いた瞬間に読者として読み直せるか。
- 「これは伝わるか」「ここで離脱しないか」を、書き手と読者、両方の目で同時に見られるか。
この思考力がないと、どんなに気持ちを込めて書いても、届かないまま流れていきます。読んでもらえなければ、書いたことは意味をなさない。それがWebライティングの現実です。
変換脳は、才能ではありません。意識して、現場で育てるものです。何を意識するかのヒントとポイントを、ことらぼは一緒に探していきます。
ことらぼが育てたい書き手
読者を動かす書き手ではなく、読者が動きたくなる書き手。
読んでほしい、知ってほしい、買ってほしい、来てほしい、試してほしい——書き手には必ず、自分の願いがあります。それは当然のことです。
ただ、その願いを叶える道は一つだと思っています。
先に、読者の願いを叶えること。
誰かの願いを叶えて初めて、自分の願いが叶う。
そしてその副産物として、信頼が生まれ、安心感につながり、次なる資産を生みます。
誰かの今を明るく、次につなげる言葉に。
そういう書き手と一緒に、ことばの設計図を描いていきたいと思っています。
ことらぼを運営しているのは誰か、気になった方はこちら。 →運営者プロフィール
