「結構ボリュームあったな」と思ったのに、思い返すとパッと浮かばない。
そういう文章に出会ったことはありませんか?
悪い文章ではないのです。むしろ丁寧で、読みやすい。なのに、翌日になってふと思い出そうとすると……何もない。
これを私は「遅効性の時間泥棒」と呼んでいます。
読んでいる最中は気づかない。読み終えてしばらく経って、はじめて「何もなかった」と気づく。それが厄介なところです。
伝えたい気持ちは、悪いことじゃない

最初に言っておきたいのですが、こういう文章は、たいてい「伝えたい」という気持ちが強いです。
熱量があるから書ける。書きたいことがあるから続けられる。それ自体は、とってもいいこと。
問題は熱量ではなく、その先にある「変換」です。
頭の中にある感想や体験は、言ってみれば「自分用の情報」です。あなた自身はその文脈を全部知っているから、断片でも意味が通じる。でも、見知らぬ読者はその文脈を持っていない。
だから必要なのは、頭の中の「自分用の情報」を、見知らぬ誰かが使える情報に変換するプロセスです。ここが抜けると、どんなに書いても同じ場所をぐるぐるするだけになってしまう。
「おしゃべり」のまま書くと、何が起きるか
よく見かけるのが、「です・ます」で書いてあるのに、中身はおしゃべりのまま、という文章です。
たとえば、本の紹介でこんな文章を見たことはありませんか。
「私が先日買った『○○』という本は、副業で頑張りたい人の背中を押すような本で、とても勇気が湧きました。直接頑張れだなんて書いていないけど、力強い言葉が印象的でした。SNSでも人気があって、よく見かけていたので本屋で見つけて買いました。買ってみたらみなさんが言うようにやっぱり響くものがあって、買ってよかったです。」
読んでいる最中は、悪くない気がします。でも読み終えて「どんな本だっけ」と思い返すと……何も出てこない。
この文章が伝えているのは「感動した」という感想だけで、見知らぬ読者が受け取れる情報はほとんどありません。
誰向けの本なのか、何が具体的によかったのか、どんな人に勧めたいのか。それが抜けたまま、同じ感想だけが言葉を変えて何往復もしています。

これが「おしゃべりのまま書いた文章」の正体です。
丁寧語にしても、熱量があっても、変わらない。話し言葉を文語に書き起こしただけで、設計されていないのです。
ライターの場合は、文字数を埋めようとして同じことが起きやすくなります。たとえばこんな文章。
「創業300年の老舗の和菓子屋『こみつ堂』では、キラキラと宝石のような琥珀糖が人気。江戸切子のようなデザインの琥珀糖は長い歴史を思わせ、長年お土産の定番として愛されているロングセラー商品です。」
比喩もきれいだし、雰囲気もある。でもこの文章が持っている情報は、たった一文分しかありません。
「歴史ある和菓子店の琥珀糖は、江戸切子のようなデザインで、お土産の定番になっている」
それだけです。
「キラキラ」「宝石のような」「長い歴史」「長年」「定番」「愛されている」「ロングセラー」
言葉は並んでいるのに、情報は増えていない。むしろ、きれいに書こうとした分だけ薄まっています。
「タイトルはよかったのに」の正体
これは、「タイトルはよかったのに、買ったら何もなかった」と言われる原因のひとつでもあります。
タイトルは設計されているのに、中身はおしゃべりのまま。入口と中身の間に、大きな落差がある状態です。
読者は裏切られた気持ちになる。でも書いた本人は、「ちゃんと書いた」と思っている。このすれ違いが生まれるのは、書き手が「伝えた」と「伝わった」を混同しているからかもしれません。
「ボリュームがあるから、きっとちゃんと書いてあるはず」という思い込みが、読者にも書き手にも働く。それがこの問題を見えにくくしています。
じゃあ、どうするか
むずかしいことはありません。書き終えたあとに、一度だけ読み返す。それだけです。
ただし、読み返すときに見るのは「言葉の正確さ」ではありません。
段落ごとに、何かが前に進んでいるか、何が増えたか。
情報でも、感想でも、意見でも、なんでもいい。
「江戸切子みたいで思わずキャーって叫んじゃった!」みたいな一文があっても、それはそれで構いません。読者の休憩になる。
問題なのは、その「キャー」が形を変えて、何度も出てくることです。

入口から出口に向かって、受け取れるものが少しずつ増えていく。
情報が、感想が、意見が積み重なって、読み終えたときに入口より「ふくよか」になっている。それが機能している文章の感覚です。
読み返したとき、「これ、さっきも言ってなかったっけ」と思う箇所があれば、そこが往復しているところです。どちらかを削る。それだけで、文章は前に進みはじめます。
書き終えたあとに、一度だけ問いかけてみてください
「この文章を読んだ人は、何を持って帰れるか」
それがひとつも思い浮かばないなら、もう一度、手を加える。そのひと手間が、おしゃべりを情報に変える変換プロセスです。
伝えたい気持ちは、ちゃんとある。あとは、その気持ちを読者が受け取れる形に整えるだけ。それだけで、文章はぐっと変わりますよ。
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